10年ぶりに医療界の浦島太郎状態で看護師に戻り、介護の面白さを知ってから早半月が過ぎた。
私の周りで介護で働く人たちは、ほぼ全員女性スタッフである。
そして島で生まれ育った地元出身。
性格はそれそれだが、一概に言えることは、みんな介護の仕事にプライドをもって、よく動くしよく気がきくし、明るい!
そして自分の意見ははっきりと、思ったことは相手が誰であろうと遠慮なく言う。
ホントに気持ちが良いくらいだ。
一昔前のおしとやかな日本人女性のイメージをもってみれば、彼女らがまったくそれにあてはまらない・・・といえばいいのだろうか。
八重山では一般的に言われることは、働き者なのは女性だという。
あ、確かこれは台湾でもそうじゃなかったかなぁ。
台湾の女性は、働き者で意志が強くしっかりものだと何かで読んだか聞いたことがある。
それはそのまま、八重山の女性にもあてはまりそうだ。
その人になんと思われようと、正しいと思ったことはためらわずにはっきり言える。
私には、どうもその部分が欠けているようだ。
いつの日からか、反応が怖くて人の顔色を見ながらしか物をいえなくなった。
表面だけ見れば、やさしいとか物を言いやすいということだが、悪く言えば優柔不断。
だが、不満が積もり積もって沸点に達するとたいへんなことになるのだ・・・・。
彼女たちは、その場その場で気がついたことをピシッと私に教えてくれる。
介護という命を預かる仕事にプライドを持つ彼女たちは、私から見てもとてもかっこよく尊敬できる。
看護、介護に終わりはなく、いつも勉強であり、時には利用者の方に教わることもある。
人間相手の仕事って、奥が深い。
ある利用者の女性は、初対面の私をみると「よろしくおねがいします」と、曲がった腰をいっそう丸めてこちらが申し訳なくなるくらい丁寧にお辞儀をされた。
腰椎の手術後に介護が必要になった笑顔のかわいいおばあちゃんである。
お話が好きで、昔はよく米のもみを取ってそれをたくさんの俵にして農協に売った苦労話をされる。
「ホントにねぇ、今はこんな風に年寄りでも遊ぶところができていいよねぇ。
昔はこんなところひとつもなかったのに。」
そういって喜ばれると、やっぱりうれしい。
意思の疎通が普通にできる方は、こうやってお話できるが、意思の疎通ができない目線だけで何かを訴える利用者も何人かいる。
食事も自分の手で摂れずに、お下の世話や入浴など全介助を要する方である。
もちろん言葉もしゃべることはない。
半分は植物人間のようでも、目を見ながら声をかけると話す言葉は理解されてるようで、表情が幾分和らいだりする。
なんというか、これは赤ちゃんのような感じだろうか。
人間は歳をとると、赤ん坊に還っていく・・・というのは、こういうことなんだと思った。
いつかは自分もこうなるんだと、介護してると不思議とそんなに悪いことでもないような気がした。
テーマ:石垣島 - ジャンル:地域情報
- 2009/03/19(木) 21:39:42|
- 日記
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う〜ん、一体何ヶ月ぶりなんだろう、このブログの管理者ページにログインしたのは。
自分がこのブログを持ってることも忘れかけ・・・・いや、書きたいというネタと気力が出ず、いつのまにか月日がたっていたんです。
記事を書くのは、結構好きなんですよ、これでも。
だけど、デジカメで撮った写真をパソコンに取り込んで、アップできるように加工して、そんでブログにアップして・・・っていうのが今でも慣れなくてどうも面倒で。
何も毎回写真付きでなきゃブログ更新してはいけないというきまりはないので、地味ですが文字だけで石垣を語ろうと思います。
なので、しばらくは写真なしでその日のささやかなネタを細々と書き綴ろうと思ったのであります。
実は、私10年ぶりに准看護師として小さなディサービスにパートでいく事になった。
まだ私が若い娘の頃、看護職しているときは、命を削られるような過酷すぎる仕事と複雑な人間関係に疲れて、花屋さんとかパン屋さんとかの仕事に憧れたものだった。(遠い目)
それ以来、他のバイトをフラフラとフリーター何ぞしてるうちに、いつの間にか最新の医療技術にも置き去りにされ、歳もとってだんだんと看護師としてもどる勇気がなくなったという、なんとも情けない職歴になってしまってます。
なぜ、いきなり看護師にもどる決心をしたのかというと、今行っているバイトも不況でいつかそのうち切られるんだろうなぁ・・・・という不安から。
ま、結局は生活費の心配なんですが。 ということで、ディサービスでお年寄りをお世話させていただくという一見ゆる〜い仕事を週1〜2回のペースで行くことになりました。
老健施設では約10年前に地元福岡で1年ほど経験があるので、看護師としてスタッフのなかに入り込むのはそう難しくはなかった。
ディサービスでやってることって、10年前と今、また地域が変わってもほぼ同じ内容なので不思議な気がした。
今まで看護職以外の新しいバイトにつくたびに、一から仕事を苦労して学んで・・・というのがとても無駄な気がするくらい、老人介護はあまりに私の中になじんでいる。
(ぉ、もしかしてこれが私の天職だったんだろうか?!)
前置きがなんだか長くなってしまったが、今日書こうと思ったネタは
「てぃーあんだー」です。
やまとんちゅに翻訳すると「手の油」なんです。
今日はお休みでしたが、勉強もかねて3時間ほどディサービスにボランティアに行きました。
以前の私ではボランティアなんて考えられないくらい、まるで親しい人の家に遊びにいくように気軽に行けてしまう職場です。
多分、それは介護師さんたちや看護師長さんの人柄もあるかも。
お昼ごはんの後、 ヒラヤチー(沖縄風お好み焼き) を利用者と一緒に作って食べました。
小麦粉に卵とニラ、ツナ缶とほんだしを混ぜたものをホットプレートで焼くだけだけど、これがホントに簡単おいしい。
看護師長が「あら、これはセツさんのてぃーあんだーが入ってておいしいね〜」
「ん、てぃーあんだー?」と私の不思議顔を師長は見取って、
「ほら、この中のニラはセツさん(利用者のおばあちゃんの名前)が手で握って包丁で切ったでしょ。
だから手のひらの油がついておいしくなったのよ。」
「えぇ!!手の油??」と、ショックを隠し切れない私。
「そ、手の油よ。
手のひらには酵母菌のような食べ物をおいしくする菌があるの。
だから、ラップで包んで握ったおにぎりよりも直に手のひらで握ったおにぎりがおいしいよね。」
「あぁ、そういえば・・・・確かにそうですね」と納得。
沖縄では、一般的に愛情の入った料理を「てぃーあんだーたっぷりの料理」と言うらしい。
手のこんだ料理=手の油という意味は、案外間違ってないのかもしれない。
ディサービスで働くというのは、病院と違ってなんとも家庭的なお仕事である。
石垣島のお年よりは腰が低く、礼儀正しい方が多いのに驚く。
戦争や貧困という想像を絶する苦労を強いられたにもかかわらず、歌や踊りが大好きでとても陽気である。
話しかけると、ほとんどの方はうれしそうに昔の話を聞かせてくれる。
なんということだ・・・石垣に5年も住んでいたのに、私の知らない貴重な体験談を、昔の石垣島を見せて聞かせてくれる。
多分、これからディサービスで話を聞くたびに「へぇ〜」の連続だろうな・・・・。
テーマ:石垣島 - ジャンル:地域情報
- 2009/03/07(土) 22:39:31|
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